大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2538号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二 本件特許請求の範囲によれば、

(一) 本件特許発明の対象物は、除草剤組成物であること、すなわち除草剤として使用されるべき複数の成分から成る物質であること、

(二) この除草剤は、雑草および牧草の生育を抑制するのに使用されること、

(三) 前記成分として、(1)ハロフェニル・ニトロフェニルエーテル化合物である2・4―ジクロルフェニル・4―ニトロフェニルエーテル、2・4―ジブロモフェニル・4―ニトロフェニルエーテルまたは3―クロルフェニル・4―ニトロフェニルエーテルのうちの少なくも一種を含有し、かつ(2)上記化合物に対する担体を附加的に含有し、さらに必要に応じて、(3)表面活性剤、または(4)安定剤、あるいは(5)他の種類の除草剤、もしくは(6)殺虫剤を含すること、

(四) 除草剤としての有効成分は、前記(1)の成分であること、が明らかである。

三 債務者は、本件特許発明は用途発明であるから、前記有効成分の量には限定があり、それが有効成分としての作用効果を発揮しうるだけの分量、すなわちその使用量が一〇アール当り三瓩の場合にはその中に五六・一瓦含有されていることを要件とすると主張する。

<証拠>(本件特許公報)の「発明の詳細な説明」の欄の記載に徴すれば、本件特許発明は、その出願前公知の物質であつたハロフェニル・ニトロフェニルエーテル化合物のうち前記三者が一定の除草剤効果を有することを発見し、これを除草剤の有効成分として利用する目的でなされたものと認められる。したがつて、これは既知の物質につき新規な用途を開発したものにほかならないから、用途発明といつて差支えない。

しかし、本件特許発明は、前記化合物の除草剤としての使用法、すなわち前記化合物による除草方法に関するものではなく、前記化合物をその成分として含有する除草剤組成物に関するものである。これを除草剤として使用するにあたつて、前記化合物が有効成分としての作用効果を発揮するためには、使用される田畑の広さに応じた適当な量が限定されなければならないことはいうまでもない。しかし、その使用量は、除草剤組成物における有効成分の含有量ないし含有比率から直ちに導き出されるものではないのであつて、実際の使用に際し、使用者がその含有量ないし含有比率を考慮に入れてその使用量を加減すれば足りるのである。したがつて、前記化合物が有効成分としての作用効果を発揮するために量的限定があるからといつて、除草剤組成物におけるその含有量ないし含有比率自体に限定があるとすることはできない。この点において、債務者の前記主張は採用することができない。

四 しかしながら、本件特許発明のごとく、既知の物質に関する新規な用途の開発を内容とする発明にあつては、発明者が既知の物質につき未知の作用を発見したことによつて直ちに特許の要件が具備されるものではく、それにつき産業上実用に供するに足りる用途を開発してはじめて特許の要件を満たすものとなることは、特許法第二九条の規定に照らして明らかである。それ故、特許が当該用途についてではなく、その用途に供される物について与えられる場合にも、その特許は、当該用途の開発を前提とし、その物が当該用途への使用に適する形質を具備する限度において与えられるものと解しなければならない。前記<証拠>によれば、本件特許発明の「発明の詳細な説明」の欄に、

(1) 「本件発明は雑草類および牧草類の生育を制御する方法ならびにかかる方法に使用する組成物に関するものである。」

(2) 「さらに本発明はハロフェニル・ニトロフェニルエーテルで処理することによつて雑草や牧草の生育を抑制するための方法を提供するものであり、雑草や牧草から保護されるべき場所に使用することを特徴としている。」

(3) 「本発明の組成物は限定されたエーテルと農業経営上満足し得るその担体から成る。」

(4) 「本発明の組成物は2・4―ジクロルフェニル・4―ニトロフェニルエーテル、2・4―ジブロモフェニル・4―ニトロフェニルエーテル、もしくは3―クロルフェニル・4―ニトロフェニルエーテル、もしくはこれらの混合物を農業経営学的に適用し得る担体と共に混合することによつて造られる」

との各記載があることが認められる。これによれば、本件特許発明は、前記化合物を利用する農業経営上有効な雑草類および牧草類の生育抑制方法(以下「除草法」という。)の開発を前提として、その用途に使用するのに適する除草剤組成物につき附与されたものということができる。

ところで、薬剤は、その最小有効量に満たない量を用いるときは所期の薬効を得られないとともに、その極量をこえる量を用いるときは副作用を生ずる危険を伴うものであるから、これを実用に供するにあたつては、その薬剤が所期の薬効を奏する量的限界を明らかにすべきである。

このことは除草剤に関しても同様であつて、雑草類に対しては有効な抑制作用を発揮するとともに農作物に対しては有害な作用を及ぼすことのない量的限界の究明が肝要であると考えられる。したがつて、除草法の開発にあたつては、これに使用する除草剤の適切な使用量を発見しこれを限定することが必須の要件であるといつて差支えあるまい。してみれば、本件特許発明の前提とされる除草法においても、除草剤組成物の有効成分につき、その使用量の限界が確定されていなければならない。

五 前記<証拠>によれば、本件特許発明の「発明の詳細な説明」の欄に、「本発明のエーテルをさらに一般的に使用する場合には、通常は実用作物が栽培されている領域もしくは栽培されるべき領域内において、雑草の生育を制限しもしくは妨げる(「防げる」とあるのは、「妨げる」の誤記と認める。)ことが望まれる。これらの例において、有効なエーテルは通常エーカー当り約〇・五ポンド、ないし一〇ポンド好ましくはエーカー当り約一ポンドないし四ポンドの割合で噴霧もしくは粒状で使用される。」との記載があること、および同欄記載の実施例においては、この有効成分をエーカー当り一ポンドないし八ポンドの範囲で使用して除草効果を得た例が示されていることが認められる。これによれば、本件特許発明の前提である除草法においては、前記有効成分たるハロフェニル・ニトロフェニルエーテル化合物を一エーカー当り約〇・五ポンドないし約一〇ポンド、換算すれば一アール当り約五六・一瓦ないし約一、一二二瓦の割合で使用することを使用量の限界としていることが明らかである。

<証拠>によれば、本件特許出願において優先権主張の根拠とされた一九六〇年四月一三日米国特許出願に対しては、雑草類の生育抑制方法に関して特許が付与され、そこでは前記有効成分の量を一エーカー当り〇・五ポンドないし一〇ポンドに限定し、その範囲で特許が与えられていることが認められる。

また、<証拠>によれば、本件特許発明の発明者の一人であるドウガル・ハロルド・マクレーがその発明者であり、かつ本件特許発明の出願人が出願した特許出願(昭和三七年八月三一日特願昭三七―三七一九〇)の明細書において、出願人は、水田におけるひえの防除につき行なつた温室実験により2・4―ジクロルフェニル4―ニトロフエニルエーテルを単独で、一エーカー当りそれぞれ〇・二五ポンド(A)、〇・五ポンド(B)、一ポンド(C)使用した場合、処理一三日後においてそれぞれA三〇%B三〇%、C九〇%、処理三六日後においてそれぞれA一〇%、B二〇%、C五〇%、処理五五日後においてそれぞれA一〇%、B二〇%、C四〇%の抑制率を示したという結果を示したうえ、処理一三日後に新しいひえの発芽がみられたから、除草剤の効果を処理三六日後および五五日後のデータについて判断すると、「4―ニトロジフェニルエーテル類は一エーカー当り二分の一ポンド施用量までは雑草類に対して本質的に何ら抑制力を持たず、かつ一ポンドでも全く不適当であることがわかる。」と述べていることが認められる。

以上の事実は、さきに認定した使用量の限界を裏付けるものということができよう。

してみれば、本件特許発明においては、その除草剤組成物中における前記有効成分の含有量ないし含有比率自体については限定がないけれども、これを使用する除草法に前途のような使用量の限界がある結果、除草剤組成物はそのような使用に適するものでなければならないという限定を受けることとなるわけである。

六 債権者は、MO粒剤中には、除草剤の有効成分として、二・四六体があるほか、その含有量の〇・二五%以上の二・四体が含有され、これが有効成分であるから、MO粒剤は本件特許発明の技術的範囲に属すると主張する。

<証拠>によれば、MO粒剤の使用量は、債務者によつて一〇アールあたり三瓩ないし四瓩と指定されていることが認められる。したがつて、MO粒剤を債務者指定のこの使用量を基準として使用するときは、そのうちに含まれる二・四・六体は、粒剤の七%として一〇アール当り二一〇瓦ないし二八〇瓦となる。そして、MO粒剤中の二・四体の含有量は、債権者の主張によつても、通常二・四・六体の一%ないし二%にすぎないから、MO粒剤の前記使用量を基準とすれば、そのうちに含まれる二・四体は、一%の場合一〇アール当り二・一瓦ないし二・八瓦、二%の場合四・二瓦ないし五・六瓦となる。債権者は本件仮処分申請において二・四体の含有量が二・四・六体の〇・二五%のMO粒剤までその対象としているが、この割合による二・四体量をMO粒剤の前記使用量基準に従つて計算すれば、債権者の主張する計算方法を採用するとしても、一〇アール当り〇・六瓦を出ない。

MO粒剤を使用した場合、二・四体の使用量がこの範囲に止まる以上、その使用量は、本件特許発明の前提とされた除草法における二・四体の使用量の限界をはるかに下廻ることが明白である。してみれば、MO粒剤は、債務者指定の前記使用量を基準とするときは、本件特許発明の前提となる除草法に使用することを予定された除草剤ではないということができる。

七 そこで、つぎにこの使用量基準を離れて、MO粒剤を本件特許発明の前提となる除草法に使用することができるかどうかを考えてみる。

いま仮に、二・四体を債権者主張の最少限(二・四・六体の含有量の〇・二五%)含有するMO粒剤をとつて、本件特許発明の前提となる除草法における二・四体の使用量の最低限(一〇アール当り五六・一瓦)に達する程度に使用するとすれば、MO粒剤は債務者指定の前記使用量(一〇アール当り三瓩ないし四瓩)の九〇倍をこえて使用しなければならないこととなり、その場合におけるMO粒剤中の二・四・六体の含有量は一〇アール当り一万八九〇〇瓦ないし二万五二〇〇瓦をこえることとなるわけである。

ところが、<証拠>によれば、二・四・六体の除草効果に関する実験の結果、二・四・六体は、水田に対して一アール当り一〇瓦ないし五〇瓦、畑に対して一アール当り二五瓦ないし一〇〇瓦の施用により、作物に害を与えることなく雑草の発生を抑制することができることが認められる。そうすると、二・四・六体は一〇アール当り水田に対しては五〇〇瓦、畑に対しては一〇〇〇瓦を適当な使用量の上限とするものと認めるのが相当である。したがつて、二・四・六体の含有量が一〇アール当り一万八九〇〇瓦ないし二万五二〇〇瓦にも達するようなMO粒剤を使用することは、その除草剤としての使用の限界をはるかにこえるものといわなければならない。MO粒剤中の二・四体の含有量が二・四・六体の一%ないし二%であるとしても、これと同一の結論となることはあえて計算の結果を示すまでもあるまい。これによつてみれば、MO粒剤は本件特許発明の前提となる除草法に使用するには適しないことが明らかである。

八 原告は一〇アール当り〇・六瓦の二・四体によつて八〇%ないし一〇〇%の除草効果をあげることができると主張し、甲第九号証、同第二〇号証、同第三二号証、同第三三号証を疎明資料として提出しているけれども、これらの資料はいずれも実験室内における実験の結果一時的に除草の効果をあげたことを示しているに過ぎず、自然状況下で相当の期間効果をあげることを疎明するには足りない。のみならず、もともと本件特許発明については、前に述べたとおりその前提となる除草法において二・四体の使用量に限定があるので、MO粒剤と本件特許発明とを対比するにあたつても、MO粒剤中の二・四体が単に一時的に除草効果があるからといつて、これを除草剤の有効成分とすることはできない。MO粒剤の含有する二・四体が、本件特許発明の前提となる除草法におけるその使用量の限界内で相当の期間除草の効果をあげてはじめて、これを除草剤の有効成分とみることができるものと解すべきである。

以上の理由により、債権者の主張するMO粒剤は、本件特許発明の技術的範囲に属しないものとみるのが相当である。

九 よつて、債権者の本件仮処分申請は、その余の点を判断するまでもなく失当であるから却下し、<後略>(古関敏正 水田耕一 小酒 礼)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!